2013年01月02日

はじめに…


初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。ヨハネ1:1

今年は一つの試みとして、聖書のことばから感じることを、少しずつ配信してみようかと思います。
…と言っても、はじめからなんですが、毎日は無理だと思うんで、あしからず(笑)。
聖書を読むことはできても、なかなか書くことは難しいものだったりします。

でも、感謝なことに、「初めにことば」があるんですよね。
私が完全自力で、人を励ましたり、慰めたり、力付けたりする言葉を書いて行くとしたら、えらいことです。というか、本当に無理だと思います。
なので、毎日必要だと思う人は、ぜひ聖書を読んでください(^^;;

「初めにことばがあった」
それは、聖書のいうところでは、神のことばであり、またイエスキリストという存在にもなってくるわけですが、まず、聖書では、神がことばで、この自然界、宇宙も、地球も、またあらゆる動植物も、そして人間も創ったと書かれています。

そんなことを言われても、いきなり信じられない人も多いとは思いますが、
ですが、信じていても、信じられなくても、人間が登場する「初め」には、この自然界は存在していたのは頷けるんじゃないかな…と思うんです。

自然界は、時に厳しくもありますが、暖かな太陽の光を浴び、風を感じ、その中をたくましく飛び立つ鳥たちの姿、また、繰り返して押し寄せているようで、決して同じではない波の織りなす造形美を見ていると、不思議と力が抜け、安らぎや癒しを感じるんですよね。
この自然界によって私たち人間も生かされている一員なんです。

少々お金がなくたって、何が足りなくたって、私たちはどうにか生きていけますが、この自然界なしに私たち人間は誰一人として、生きてはいけません。
どんなに優れた人であっても、たとえ、どんなに科学文明が発達しても、誰一人として自分一人の力で存在している人もいなければ、生きている人もいないのです。

この現代社会でストレスを抱えていない人は少ないと思います。人生には、時として、自分一人でどうにかしなきゃと、悩み、あくせくしてしまうこともあるわけですが、そんな悩みや問題も、実は、自分一人で解決できるわけでも、もしかしたら一人で解決しようとする必要もないのかもしれません。
ただ、ごく身近に「初め」からある恵み、助け手、存在を忘れているだけなのかもしれないですよね。

「初め」にある恵みを受けて、私たちは生かされている存在である覚えたいものです。

…すべてのものは、この方によって造られた。
造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
この方にいのちがあった。
このいのちは人の光であった。
光はやみの中に輝いている。
やみはこれに打ち勝たなかった…!

ヨハネ1:3〜5
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posted by holyhope at 17:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 聖書の小話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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